疲れる人間関係は「コメディ」として観てみる。古い常識の楽しみ方♪

ムーンテッド(MoonTed)の日記より、温かい灯りの木のテーブルに置いた、外したアクセサリー。スマートウォッチ、天然石のブレスレット、指輪やイヤリング

昨年プチ炎上したインフルエンサーのお客さんが「忘年会とかお正月とか、普段会わない人と話すと疲れる。見てる世界が違いすぎて」というような疎外感を話してくれました。

そりゃそうだよなと。

アメリカがわずか数時間のオペレーションでベネズエラという国を一変させ、66の国際機関から離脱して「地球温暖化は詐欺?」みたいなことが数日で起きてしまうわけですから。

株価を見てても、1日の値動きが3日分のように感じるし、変化はさらに加速しているんですね。

先に行く者と残る者の間に起きる分断と摩擦も、ますます熾烈になっていることでしょう。

なにかと批判されるけど得をするのは5年前から先を走っている少数派で、現状ではまだ古い舞台と台本で演技をしている人が多数派です。

舞台の裏側が見えちゃっている前述のお客さんも、親戚から「早く結婚して親孝行」とか「就職して安定」とか、古い台本(フィクション)の話を振られて困惑したそうです。

苦し紛れに「えっと、結婚っていう契約はリスクが・・・定職とかなくなるし・・・」みたいなことを言ってみたもののガン無視されてしまうという笑。

古い物語から抜け出せない多数派がいるからこそ、リスクを取って先を行く人にアドバンテージがあるのだから仕方のないことなのかもしれません。

ただ、もしも、もっと多くの人が「この世界の常識や正義が一時的なフィクションである」ことを自覚していたら。

一見、非常識に見えたり不健全に見える人の声にも、耳を傾ける優しさを持てるようになるのかも、なんて思います。

逆に古い舞台装置から降りた人は「舞台の上で繰り広げられるコメディを観客として楽しむ」くらいの余裕が持てるといいですよね。

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