「なんでも相談できる人」の資質と孤独の正体♪

ムーンテッド(MoonTed)の日記より、たたんだ赤いブランケットとタオルを抱え、施術台の向こうに立つムーンテッド(MoonTed)のセラピストAKI

ムーンテッドに来てくれるお客さんは他人に言えない話をしてくださる方が多くて「なにを言っても驚かなそう」とか「なぜか話してしまう」みたいなことを言われることが多いです。

まーそんなこともあって「実は私XXXなんです」みたいな話をほぼ毎日聞いています。

そんなふうに言われるのは嬉しいことなんだけど「あれ?逆になんで相談できる人が少ないのかな?」なんてことをシャワーを浴びながらふと考えて、いまこれを書いてます。

たぶんだけど多くの人は、相手の言うことに対して、常識や正義に照らし合わせた善悪の感情を持ってしまうのでしょう。

例えば、常識的な善悪が前提にあると「不倫するなんてサイテー」とか「自殺なんて絶対ダメ」とか「そんなヒモ男とは別れなよ」なんて感情が生まれてしまうから、話したくない人になってしまうということ。

ただこの世界を箱庭として、その外側から観察すると「常識や正義はその時代の富を独占する者たちに都合のいいように宣伝されている」だけなことがわかります。

なので、相手の話を聞くときは、その箱庭の中で繰り広げられるゲームの悲哀をとりあえずは「楽しんで聞く」くらいの気持ちになれるといいのかなと思います。

これを逆説的に考えると孤独の正体が垣間見えるのだけど・・・

おそらく「話せる相手がいない」って感じている人は善悪の判断をされることに過敏なのでしょう。

ただそれって裏を返すと、その人自身が常識や正義に執着しているということになりませんか?

つまり「自分は許されないだろう、だって私も相手を許せないから」という悪循環。

まーそんなわけなので「話せる相手がいない」と感じる人が頑固な固定観念から少しでも解放されて、許し合える人間関係が広がればさらにハッピーな世の中になるんだろうな〜なんて思いました♪

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