風邪や鬱で苦しまなければ弱者に寄り添えないという人間の不完全さ。

ムーンテッド(MoonTed)の日記より、暗い部屋で横になり、こちらを見るムーンテッド(MoonTed)のセラピストAKI

毎年1度、風邪をひいてはこじらせていますが、今年は11月に3日間ほど高熱で寝込みまして、その後も咳と怠さが続いておりました。

この恒例行事は意味深いもので、健康のありがたみを思い返したり、怪我や病気で苦しむ方々の気持ちを考えたり、思うように動かない体で施術をすることで技が深まったり。

人はデフォルトで痛みや苦しみを忘れるようにできているから、どんなに高熱でうなされようとも体が回復して10日も経てば強気が芽生えて誰かの弱さやズルさを責め立てたりするものです。

そんな時にふと弱っている時の自分を思い出し「逃げ出したい、頑張れない、誰かのせいにしたい、なんで私だけ」なんていう気持ちに寄り添うことができたらと反省するばかりです。

いまさらですが、自分の体に刻み込んだ痛みや孤独にしか共感できない人間の不完全さってなんなのだろう?とか考えちゃいます。

中学生の頃かな?手塚治虫の『ブッダ』の作中でどうしてもわからないセリフがありました。

苦行林で修行していた若きシッダルタは奴隷階級の友人・ミゲーラが重い皮膚病で苦しんでいるのを知り、苦行を抜け出してミゲーラの皮膚の膿を口で吸い出す治療を続けます。

それを知った苦行仲間のデーパは「苦行を抜け出して奴隷女の体を舐め回すなど堕落だ」みたいなことを言ってシッダルタを糾弾するんですね。

それに対してシッダルタは「苦行苦行というが君たちのやっていることは自己満足だ。ここに本当に苦しんでいる人がいる。こんなに苦しんで偉い人が他にいるのか?」と言い返す、うん、たぶんそんなネームだったと思います。

その時はシッダルタが言った「病気で苦しんでいる人は偉い」の意味がわからなかったけど、いまは少しわかります。

人並みに年をとったってことでしょうね笑。

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